2018年の自分に決着をつける【作品の考え方編】Part.4

 引き続き、2018年に投稿した日記をまとめていきます。

 

4.作品との出会いを大切にする

 作品を観て、おもしろかったり、感動したりすると、明日への活力になることが珍しくありません。であるのなら、作品との向き合い方をもっと真剣に検討しても良いのではないかと考える日記でした。

 これだけコンテンツが溢れている中で、作品1つにかけられる時間というものは少なくなりつつあるように思います。昔はテレビアニメも全50話という形式はよくありましたが、今では長くとも25話(2クール)、多くの作品が12話(1クール)で終わってしまいます。

 私自身はいつしかコンテンツの消費に囚われて、作品を十分に楽しむことができなくなってしまい、作品そのものから離れていた時期もあります。

 

 そこで考えるに至ったことが、作品に向き合う姿勢です。楽しめないよりは楽しめた方が良い。作品執筆のために分析するにしても理解は深い方が良い。極端な話、作品を楽しめなくなったのは自分自身の責任だと100%考えてみたのです。

 その結果、月並みな答えですが、以下のような考えにまとまりました。

・身体的な変化(肉体的、精神的)

 健康かどうか。例えば、風邪を引いて高熱のときに作品を理解することは困難を伴います。

・思考の変化(年齢や読解力、作品の事前情報の取り扱いなど)

 年齢を重ねたり、ネタバレがあったり、理解語彙が増えたりすると、作品の理解や着目する点にも変化が生まれます。

・感情の変化(心理状態)

 嬉しかったり、悲しかったり、自身の心理状態は作品から受ける印象を変えることもあります。

 

 作品の評価は上記3点のような自分と作品の結びつきの上に行われます。この事実を客観的に把握してるかどうかは私にとって大切な視点となりました。

 この視点があれば、なぜ楽しめたのか、なぜ楽しめなかったのかと一考する余地が生まれ、作品の可能性をふいにすることが少なくなるからです。

 

 もちろん作品の楽しみ方は人それぞれです。こうした客観的な視点を持ち込まず、主観的に作品を評価し、消化してしまうことには何の問題もありません。

 私には作品を楽しむ受け手側の気持ちと、作品を楽しませようとする制作側の気持ちが矛盾しながらも存在しています。

 

 作品との出会いはとても大切です。

 その作品が記憶に残り続けるものであれば、最初に述べたように明日への大きな活力にもなるのですから。

 

5.作品投稿と時間の大切さ

 長編作品を投稿していた時代の昔話です。当時は100均で買った投稿用の封筒に、作品(A4:100ページ)を詰めて発送していました。

 

 作品の執筆には多くの時間がかかりますし、完成に至らずという場面も珍しくありません。

 このアイディアだったらおもしろい作品になりそうだ!と意気揚々と執筆を開始し、終盤に差し掛かる直前、物語の矛盾点に気付いて修正を余儀なくさせられる。その結果、無難と言えば聞こえは良いが、正直つまらないの一言で片づけられる作品が出来上がったりします。この結果はまだマシで、完成に至らず、数カ月の執筆が無駄になることも。

 

 このように1つのアイディアから作品を制作しても、完成に至るまで紆余曲折あります。アマチュアは専業ではありませんから、作品にかけられる時間も多くはありません。友人や恋人と遊ぶことも諦めるか、それ以上に作品執筆に大きな楽しさを見出さない限り、諦めてしまうことが大半だと思われます。

 私自身も例に漏れず、2019年現在はある程度回復しましたが、以前まではひどいものでした。作品を執筆していても他のことが気になるということがよくありましたから。曲りなりにも投稿に至った作品もとりあえず完成させたという出来でした。

 私生活とのバランスをつくるというのがアマチュアの大きな課題だと認識するまでは早かったかもしれませんが、具体的な解決策を講じるまでにはかなり時間がかかりました。

 気持ちは変わらず持ち続けていても、肉体的な衰えや思考(感性)の鈍化などに不安もあります。

 

 だから投稿する時に思うんですよ。

 作品執筆しながら、またどれだけ思い悩むのか。これをあと何回繰り返せるのか、繰り返そうと思えるのか。

 

 そう考えると、残りの人生で取り組める作品には限りがあることを実感するのです。

 

 

6.執筆とブログの共通点

 個人的に、プロアマ問わず、作家にはブログをやってほしいと思うところがあります。すでに執筆に忙しくされている方は無理に取り組む必要はありませんが、ブログを始めることで見えてくる新たな視点と習慣が作品執筆に役立つことを実感しています。

 それを3つにまとめた日記でした。

文章を書く

 これは当然ですが、ブログは文章を書きます。小説の文章とは少し異なりますが、物語も一種の主張だと考えると、構造的な理解と実践にはもってこいです。

 私のように執筆の習慣がまだまだ怪しいという方ほど、単純に文章を書く習慣を身につける意味合いも大きくなります。

読者の視点

 ネット投稿に近い利点ではありますが、ブログの場合、必ずしも作品でなくとも良い点で優位性があります。

 私は読者を意識して作品を執筆するという機会が今までほとんどありませんでしたが、どういった日記だったら読んでもらえるだろうかという第三者からの視点を考える機会を得られたきっかけはブログを始めたからです。

 作品を執筆する以上、誰かに読んでもらう、読んでもらえるものである意識はどうしても切り離せないものです。独りよがりになって作品を仕上げる面もありますが、誰かに見られていることを忘れないためにもブログの存在は貴重かもしれません。

自分自身を理解できる

 過去の日記を読み返したり、ブログという形でパッケージングされているのを客観的に見つめていると、自分てこういう人間なのかと新しい発見があります。

 いや、新しいというか、新しくないというか…。

 私の作品に対する哲学として、作者自身の好き嫌いや優劣の価値観を表現してこそという見方があります。そんな自分自身に対して理解する場は多くないと思われるので、ブログの利点の中でも希少性は高いのではないかと思います。

 

 上記3点が自然と身につく場として捉えると、ブログを始めることの利点は大きいようにも思います。

 もし、無料ブログだと継続できないと考えていたら、このブログのようにサーバー代とドメイン費用(1つならだいたい無料)という身銭を切って始めても良いかもしれません。

 

 

 以上です。ひとまず前回と合わせて6つの日記をまとめることができました。

 誤字脱字誤用があったら、また書き直そうと思います。

【2018年自己哲学編Part.1】

【2018年自己哲学編Part.2】

【2018年作品の考え方編Part.3】