一日一文「空蝉(うつせみ)」Part.999

 第999回目は「空蝉(うつせみ)」から一文を考えてみたいと思います。

 

「空蝉」

意味:《「うつしおみ」が「うつそみ」を経て音変化したもの》

   1.この世に現に生きている人。転じて、この世。うつしみ。「いにしへもしかにあれこそ―も妻を争ふらしき」〈万・一三〉

   2.《「空蝉」「虚蝉」などの字を当てたところから》蝉の抜け殻。また、蝉。 夏》「―を妹が手にせり欲しと思ふ/誓子」「―の身をかへてける木(こ)のもとになほ人がらのなつかしきかな」〈源・空蝉〉

出典元:小学館 デジタル大辞泉

 

【一日一文】

 生きる希望の一切を失った人間は、空蝉のようにただ人間としての外殻があるだけで精神や心と呼べるものはどこかへ消え去ってしまった。

 

【作品メモ】

 このブログを開設して間もなくの頃、自分らしい作品なんて全く想像できていませんでした。もちろん、単純に好きなことや楽しいことを詰め込んだ作品が思い浮かびはしましたが、それらはかつて自分自身に影響を与えたものを倣っているだけで自分らしいと言い切れないことがわかります。

 そこからブログを通じて自分自身と向き合い、本当に書きたいもの、表現したいものの探求が始まったわけです。この探究は一日一文という日課でなくとも叶ったとは思いますが、毎日繰り返すからこそ、良くも悪くも似たような思考や結論に至り、結果的に自分自身を把握しやすかった気がします。「いつも私はこういう結論に至る、引き寄せられるところがある」と。

 そして、自分を理解し始めたあとの変化、成長はブログを開設する以前よりも深い納得を伴ったものになりました。自分にできること、できないこと。好きなこと、嫌いなこと。優れていること、劣っていること。現在の限界、パラメータをおおよそ把握できたことがきっと今後の作品づくりにも役に立つでしょう。

 次は実践を通じた成長に意識を割くつもりですが、また少し遠い未来にはこうして少々無責任でいられる日課に戻ってくるかもしれません。両立できるならしても良い。約二年半で実感したこととして、やはり実践ばかりでも成長は鈍化しますし、基礎ばかりでは具体的な成果を上げるに乏しくなります。二つを軸に行ったり来たりすることで、人間はより良く成長できるのだろうと思います。

 

【思考の足跡】

 iPhoneSEの第三世代が来年に発売されるようです。私はSEの画面サイズと指紋認証、値段など、かねてよりコスパの良さを前面に押し出していてとても気に入っています。昨今のスマホは画面サイズが大きい傾向にある中、4.7インチはちょうど良い。また、顔認証よりも手間のかからない指紋認証で個人的には十分です。

 SE(第二世代)を購入してから一年半しか経過していないため、来年の発売と同時に購入することはなさそうですが、SEのコンセプトが今度も受け継がれていくように陰ながら応援しています。ちなみにSE唯一の欠点は「バッテリーの持ちが心許ないこと」です。それ以外は必要十分。

 さて、一日一文は1000回目を迎えましたが、正直、終わりが近づくにつれて眠れなくなるほど不安でした。おそらくどこか無責任でいられる成長を目的とした日課が終わり、次は価値を創ることに向き合わなくてはならないからです。また何もない自分を思い知らされるだけかもしれない、と頭を過ります。

 しかし、こうして継続できたことは事実なので、不安になっても積み重ねるしかないと自分に言い聞かせるしかありません。むしろ、そうした不安があるからこそ、細部までこだわろうとする意志に繋がっていると思うことにします。何より楽しく。焦らず、少しずつ楽しい気持ちを構築しながら向き合っていけば、きっと私ならより良い成果を上げられる。自分を信じる。

 ただ、明日から簡易版(1001回目~)を開始する予定でしたが、この機会にブログから少し離れ、再開を遅らせることにしました。というのも、簡易版の形式が著作権法上の問題を抱えていないかどうか、それをクリアしても(著作権者に迷惑をかけないための)noindex処理の仕方などを精査する必要があるからです。加えて、毎日続けていることに拘り過ぎているところから、息苦しくなっている気もするので、もう少し気楽に取り組む意味でもこのタイミングで息抜きをします。

 息抜きと言っても、具体的に何も思い浮かんでいませんが、ブログのことを一切考えない時間を二年半ぶりに味わうだけでも良いのかなぁと思っています。というわけで、この形式での一日一文は今日で終わります。ありがとうございました。