一日一文「稚い(いとけない)」Part.998

 第998回目は「稚い(いとけない)」から一文を考えてみたいと思います。

 

「稚い」

意味[形][文]いとけな・し[ク]《「ない」は意味を強める接尾語》おさなくて小さいさま。あどけない。「―・い子」

出典元:小学館 デジタル大辞泉

 

【一日一文】

 年齢の割に稚い印象を抱かせる理由は、普段の強張った表情から破顔した際のギャップがあるからだろう。

 

【作品メモ】

 将棋において「天才」と評したくなる場面とは、自分にはどれだけ考えても思いつかない手を指され、しかもそれが非常に良い手であるときだそうです。これは将棋に限らず、作品にも言えることかと思います。

 期待と裏切り。期待は文章予測(=展開予測)と言い換えても良い。最初から違うものを表現されてしまうと、次の一手にそもそも興味関心を抱きません。自分とは違うことがわかりきってしまう。なので、途中までは展開に納得しつつ、予測させる必要があります(裏切りが際立つ)。

 ここから技術的な段階を紐解くと、第一に基本的な展開を構築できること、次にその展開を良い意味で裏切ることの二つの段階が思い浮かびます。最初から奇を衒うから「天才」と評したくなるわけではなく、押さえるべき基本は押さえている印象です。厳密に言うと、最初から奇を衒うものは、少なくとも私たち人間には理解できない領域、大天才か(この場合はそもそも気を衒う意図もない)、それとも単なる技術不足、方法の間違いか。歴史に名を残すような哲学者、発明家、数学者などは、大天才の良い例かもしれません。

 別の見方をすると、かろうじて意味のわかるところから気付かせるおもしろさですね。ずっと理解できていたものから、少し飛躍させると意味が伝わらない。この空白の部分を、読者は今まで理解できたことから生じた欲求によって埋めようとします(空白の理解)。作者視点で言えば、その空白部分には多少の難しいことを込められる(理解する欲求が大きいから)。

 

【思考の足跡】

「稚い」は「幼い(おさない)」でも代用できるので、わざわざ使用することはなさそうです。取り上げた理由は、読めなかったから…。

 さて、原動力として「好き」や「楽しい」という気持ちは最高品質のものと思っていますが、それだけでは足りないことを書き留めておきます。原動力によって先に進むことはできても、立ち塞がる壁を乗り越えることはできないのです。

 この事実は私の経験則に過ぎませんが、最高品質の原動力は「気持ちが先行して、行動を引っ張る」という作用があります。人間が行動を起こすために気持ちが先行する意味は大きい。しかし、気持ちが行動を引っ張るにしても、ひどく直進的な動きしかできず、器用に立ち回ることができません。壁を乗り越えられない理由はここにあります。

 努力は必ず報われるわけではない。この警句は、気持ちだけでは足りないことをうまく象徴しています。壁を乗り越えるには、壁の高さを確認して、自分の試みられる手段を冷静に考えなければなりません。気持ちは行動を引っ張るかもしれないが、引っ張られた行動の結果、再び原動力に変換できる気持ちが手に入らないと、いずれガス欠を起こし、行動を促す気持ちが底を尽きます。

 そもそも気持ちは非常に主観的な原動力でもあり、気持ちが強ければ強いほど周りが見えなくなります。なので、とりわけ組織的な事柄において気持ちが先行すると、大抵の場合で失敗します。個人の気持ちだけでは、どうにもならない現実が組織にはつきものですからね。ただ、それでも気持ちはある方が絶対に良い。作品のロマンを追いかけるなら特に。

 だからこそ、原動力となる気持ちの管理が重要になるんですよ。自分にはこれだけ大きな情熱があるから、管理さえ間違わなければ、十年、二十年と継続できるはず、と。壁に阻まれ、乗り越えられる見込みもないのであれば、むやみやたらに気持ちを原動力に変換せず、ひとまず壁を目の前にして立ち止まること。そして、じっくりと考え、乗り越えるために必要な手段、行動に少しずつ気持ちを割いていく。これができるかどうかの差が非常に大きいことを実感しています。

 まとめると、気持ちと行動は分けて考える癖をつけた方が成功確率は上がるということ。歳を重ねるほど、気持ちだけではどうにもならない現実を知り、一方で気持ちがなければ始まらないことも痛感しています。