一日一文「擡げる(もたげる)」Part.997

 第997回目は「擡げる(もたげる)」から一文を考えてみたいと思います。

 

「擡げる」

意味[動ガ下一][文]もた・ぐ[ガ下二]《「もてあぐ」の音変化》もちあげる。おこす。増す。「かま首を―・げる」「不安が頭を―・げる」

出典元:小学館 デジタル大辞泉

 

【一日一文】

 初対面には恭しい態度を示すが、会話が終わった途端に不安で頭が擡げそうな様子から、その人間の本質を垣間見たような気がした。

 

【作品メモ】

 言葉と表現の関係。普段の私たちは視認することで物を認識できているように感じていますが、文章表現において言語化できないものはイメージ(映像)に留まり、具現化されている感覚、文章の世界を生きる実感が湧きません。

 また、文章表現は成長の実感を得にくい。それは仮に現実世界が全て言葉だったとして、私たちが知っている言葉の数は世界の何十分の一にも満たないからと思います。世界の言語の中でも、日本語は細やかな意味合いを伝えられるほど多様な要素(ひらがな、漢字、片仮名)で成っているとは言え、日常生活を送るために必要な数と世界を文章に映す数とでは大きな差があります。したがって、憶えても憶えても足りない状態になりがちです。

 時にそうした事情を忘れて、私は流暢に表現できないことに悩むのですが、小さな一歩であっても前進していることを忘れてはならないと自戒します。少なくとも言葉の良いところは、憶えた言葉がノートやブログ、メモに記録できるところです。もし、スポーツであったら身体的な感覚を余すことなく記録することは難しい。記録が難しいと、できなくなったときに困る。なので、言葉を憶えるとは小さな一歩であっても、その一歩は確実な一歩という長所はあります。言葉に限らず、知識全般の長所ですね。

 

【思考の足跡】

「擡げる」の意味にある「鎌首」とは、カマキリやヘビのように怒ると鎌にも見える曲がった首のこと。ちなみに「鎌首を擡げる」は、物々しい雰囲気のために頭を起こすという意味になるそうです。胸の前で腕を組み、目の前で謝罪する人を見下ろして怒っている様子を想像します。

 さて、自分にしかできない価値を創り出す際、一つの指標として「年上を納得させること」は機能する気がします。作品においてもそうですが、自分よりも経験を積み、知識もある年上を納得させられるとき、その経験と知識に匹敵していると解釈できるからです。逆に、いくら年下を納得させられても、経験と知識に乏しければ、確固たる価値とは言えないかもしれません。

 特に私は人間について考えることが多いのですが、人生経験を積めば、誰でも似たような考え方に至るでは困ります。考えている分、他の人たちよりも頭一つ、二つ抜けていなければ、価値に繋がりません。こうして日々書き留めていることが、果たして自分よりも経験と知識のある人たちに響くのかどうか。

 それらを考えていくと、やはり固有の価値付けが非常に重要であることもわかります。自分だからこそできるものを中心にして構築しなければ、同じ枠組みの中で競争しているに過ぎず、頭一つ抜けることが難しい。自分だからこそできるものを強固にできるかどうかなんですよね。この人にしかできないと思わせること。

 しかし、年上を納得させるにしても、実際に行動を起こしてみないと観測できません。だから一日一文が終わってからは勝負のときです。自分の考えていることをまとめ、読みやすい形に工夫し、ブログを訪れてくれた人にどれだけ響くか。