【執筆の考察】Part.3「物語の三大要素とは?」

 ※「執筆の考察」は執筆時点の考え方を反映したものであり、現在の考え方と異なる場合があります。

 小説の形式的な大枠を認識し、自分自身にしか見つけられない表現領域を確保し、深い洞察から中心点(本質)を見定めた後に何をするか。今回は「物語の三大要素」ということで、掴みにくい物語の全貌を少しだけ解明してみたいと思います。

 さて、物語の三大要素とは何か。結論から述べると、私は「世界観、登場人物、展開」の三つに大別しています。読者は「世界の空気を吸い、人物に感情移入し、展開に引き付けられる」と考えています。また、第二回目で述べたように、作品の本質を証明する要素として連関していることを心がけています。

 

世界観とは?

 世界観とは何か。形式的な説明を述べれば、物語の世界における宇宙や惑星、社会(政治・経済・宗教)の在り方、生活様式(食やファッション、価値観)、物理法則などを指したものです。また、そういった世界を構成するあらゆる要素から統合された作品の雰囲気とも言えます。一つ一つの事柄を指して世界観とは言わず、マクロな視点から把握する全体像です。

 世界観は第一印象でもあり、継続的に感じ取れる雰囲気でもありますし、最終的には登場人物や展開までも含めた“作者の佇まい”へと昇華する可能性もあります。特にマンガはその作者にしか描けないと言わしめるものがわかりやすく確認できます。マンガの場合、小説に比べて構成要素が多く、要素ごとの違い(イラストとセリフなど)が際立っているため、一つの世界観が明瞭に表現されやすいのです。

 こうした世界観を構築する作業は、作品の種類によっても異なります。一応、私は現代ファンタジーに分類されるであろう作品を執筆していますから、半分は私たちの現実社会と同じような世界です。この場合、現実社会の生活様式をそのまま表現することも可能ですが、何らかの違い、例えば、時代や価値観が乖離している場合などは現代を舞台にしているとは言え、労力は大きなものとなるでしょう。

 一方、ファンタジー世界は一から創造しなくてはならない場合が多く、労力としては甚大です。RPGの解体新書と呼ばれる分厚い攻略本を読んだことがある方ならわかるかと思います。本気で別世界を創造するなら、あの内容を一人で考え続けることになります。

 私の場合、世界に関わる設定は闇雲に決定していくわけではなく、これも作品の本質に則った設定になっているかどうかをよく考えます。ファンタジーだったらこういう世界でしょう、といった先入観には基づかず、あくまで作品の本質から考えられる必然性の高い世界であって欲しいのです

 しかし、最初から作品の本質を理解できていることは稀で、ほとんど手探りの状態で右往左往しながら設定を慎重に決めています。ちなみに漠然としたイメージを崩さないためにも、焦らないことは意外と重要です。それでも、手探りに決まる設定は余分なものばかりになることも珍しくありません。

 余分な設定が雑多に組み合わさると、統合された世界ではなくなり、安っぽさや稚拙さを印象付けてしまいます。要するに、何を言いたいのかわからなくなる状態です。これは別の頁で説明しますが、有機的な繋がり、必然性によって統合し、余分に感じるものはどんどん差し引いてしまった方が“作品の存在意義(メッセージ)”も伝わりやすくなると考えています。

 

登場人物とは?

 登場人物の形式的な説明は不要と思いますが、なぜ物語に登場人物が存在するのか?という問いには答えを窮するかもしれません。物語とは何か、物語における登場人物とは何か、と考えていくと、登場人物の存在意義は人によって考え方が分かれそうです。

 登場人物の存在意義は、物語のエンタメ性を紐解く一つの答えでもあります。第二回目で述べたように小説、物語が論文やその他の作品形態との差別化を図るためにも、物語特有の効果を強調するためにも、同じ人間による営為が読者にとっては理想的な刺激になり得るのだと思います。厳密には登場人物として挙げられるものが人間とは限りませんが、私たちと同じように会話をして、時には悩み、問題を認識して、解決して——という営為は同じはずです。

 そんな登場人物の発想に関しては、小説に取り組み始めてからずっと悩み続けていたと言っても過言ではありません。作者もひとりの人間ですから、全く別の思考回路を想像することも簡単ではなく、さらに普段の私たちは別の人間を知るにしても“接点”からしか把握できていません。自分自身すら十分に理解できていないのであればなおのこと、他人の全体像を理解することは難しくなります。

 また、私の作品テーマの場合、登場人物は展開に必要な駒というよりも、感情移入する有機的な対象としての存在感が不可欠としています。そのため、登場人物を考える際も作品の本質と同様に、人物の核を強く意識しています。その人物足らしめる極めて重要な要素ですね。登場人物の身長や体重、誕生日、血液型、好きなもの、嫌いなもの、家族構成などの各種設定も、その核を際立たせるものとして捉えています。

 最初に各種設定を決め込んでしまうよりも、漠然とした人物イメージから何とか紡ぎ出せるキーワード(言語化)をいくつか挙げておき、作品の本質と照らし合わせながら、その人物の存在意義をとにかく考え続けて浮かび上がらせるようになりました。なぜこの作品にその人物が必要なのか?という問いです。イメージと言語の距離を考えても、登場人物に対する言語化は焦らない方が良いかもしれません。意識と無意識によって構成される“イメージ”から、意識に比重を置いた“言語”に移る際に無意識の価値を消してしまう恐れがあるからです。

 

展開とは?

 展開とは「いつ、どこで、誰が、何をした」という物語の冒頭から結末までの具体的な出来事の連なりと定義しています。具体的な——とした理由は、別の頁で説明する「プロット」とは異なることを強調するためです。

 展開が読者に示すものは、出来事の流れ、繋がりの情報になるので、論理の整合性は大切です。前後で言っていることが違えば、読者は混乱するしかありません。これは物語も元を辿れば、言語の性質に基づくものであることからも当然で、読者は必ず一定の順序、論理性があると思い込んで文章を読み進ます。

 そして、出来事の連なりを“読者への刺激”と解釈し直し、物語が刺激の波形を内在していることについても触れておきます。

 物語をわかりやすく理解するなら論理(順序性)を切り口にすれば良いのですが、感情移入、感情の流れを理解するには順序だけでは理解しにくいため、出来事を読者の刺激と解釈し直した方がわかりやすいかと思われます。ちなみにこの文脈においては「展開」ということで繋げ方に焦点を当てます。

 これは物語の構成に関わること、いわゆる三幕構成や起承転結と言った考え方が一般的ですが、もっと原理的な領域で考えてみます。

 おもしろい刺激を受け取れば、おもしろいと反応しますが、同じ刺激を受け続けた場合、おもしろいという反応は飽きによって継続しなくなります。出来事を感情への刺激と解釈すると、同じような出来事が続けば、読者は間違いなく飽きてしまいます。では、同じ刺激を積み重ねられない場合、どうするのかというと刺激に強弱(展開の緩急)をつけることになります。

 物語が刺激の波形を内在しているとは、読者の飽きを防止する自然な発想として“強弱”という概念が存在するということです。ただし、あくまでこれは刺激を一種類と仮定し、飽きるかどうかにだけ絞っているため、実際は複数の刺激が物語から提示されていますし、飽きるという状態もひとえに語ることはできません。加えて、もし感情移入の条件が小さな刺激から大きな刺激へと変化することであれば、波形で捉えることの有用性はより一層高まります。

 つまり、展開=出来事の連なりを考える際には、多くの場合で波形を意識することが暗黙の了解として存在していることは押さえておいて損はないかもしれません。とにかくおもしろい出来事を積み重ねるのではなく、穏やかに進行する出来事もあれば、激しく派手な出来事もあるから、二つの出来事の良い面が際立つということです。

 三幕構成や起承転結の構成は有名ですが、こうして物語が内在している刺激の波形を押さえておくと、自分なりの構成、延いては自分にしか書けない作品に辿り着くのではないかと思います。物語を刺激に人間は感情をどのように変化させるか、何が理想的な変化と言えるかの答えは一つではありませんからね。

 

終わりに

 作品の大きな枠組みはここまでですかね。次回以降は各要素の部分的なところを考察していきます。